このnoteは、シェアド・リーダーシップのトレーニング・コース共同開発パートナーである有限会社システムアンドコントロール社(SM&C)の野村代表と、SNSにて、シェアド・リーダーシップに関して、普段着の会話をしている内容の続きです。

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第20回目の往復書簡は、前回の内容(Vol.19 リーダーになる)の続きです。次は野村さんが返答します

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 少し時間が経過したので、少し違うところから話をスタートさせましょう。

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リーダーらの存在する集団

 私たちの周りには、様々な集団があります。家族という小さな集団、ある組織の支店や支社という集団。大企業という集団。あるいは国家という集団。そういうものが沢山あります。そして、そこにはリーダーと呼ばれる人が居ます。自然発生的なリーダー、民主主義によるリーダー、いやいややらされているリーダー、まぁ、いずれにせよ、リーダーという人達が居るわけです。

 そして、組織には、リーダーだった人や、リーダーな人や、リーダーになる人、が、居ます。問題は、「どんな」「リーダーになる」か、です(あたりまえだろ!)。

 なんでこんな馬鹿な事を言うか、それは、(かつて)リーダーだった人や、(残念な)リーダーを「見てしまっている」のではないか、それは大抵、マイナスの印象なのではないか、と、思うのです。

 そして、ご指摘の通り「葛藤」がありますし、さらに(リーダーなんだから)「弱音を吐くな」という(無言の)圧力が存在します。

 そもそも、組織は生物の集団なので、過去へ引き戻す力が作用します。あるいは、現状維持の力(恒常性機能)が発生しています。これらを拒否しつつ認めていく必要があるな、と、思うのです。

(前回の最上の言葉)でも、そういうリーダーをつくることが、我々のやりたいことですね。

 ここ(以上の最上の言葉)でいう、「リーダー」は、「リーダーらの存在する集団」ではないか、と、感じています。なぜなら「未熟さの共鳴」が「連続する」という「関係性」までがセットだからですね。


(前回の最上の言葉)よって、リーダーが、形式的な、役割としての、あるべき理想的なリーダーとしての立場・視点から考えると、このことは理解できません。

(以上の最上の言葉)そうなのだと思います。

 ということで。形式、役割、能力、特性、スキル、パターン、そういうもので、リーダーを語るべきではない、と、考えています。

 ここで、自分が書いた文章を否定します。「どんな」「リーダーになる」の、「どんな」は、実は、誤った視座、なのです。極論すれば「どんな」は不要で、「リーダーになる」ことだけで、十分なのかもしれません。ちゃんといえば、自分の意思で「リーダーらの集団を作る」ですかね。

 今回も、しれっと、不連続な文章になっていますね。これもまた、ダイアローグですね。

 最上さん、どうぞ〜。

  この後、最上が返信します。次回をお楽しみに!



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Vol.20 リーダーらの存在する集団

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