昨日のNLPはいい学習になった。

一番の法則は、



どんな相手でも、ほとんどの場合、相手の行動や判断を「うけ入れる」ことが可能である。ということだ。



相手の主義・主張・選択などをつきつけられたとき、

つい目の前にあるそれら「コト」に集中してしまうが、

その時に、

ます、向き合う相手のニューロロジカルレベル(自己認識の階層)を考える。



そして、自らの心の声(心の方向舵)に耳を傾け、

向き合う相手のニューロロジカルレベル上位に存在する「信念や大切にしたい価値感」が、自分と重なり合う部分はあるかを問いかけ、なんらかの共感を伴うかどうかを「問いあわせ」する。



この段階が非常に難しい。

今相手が表出させている主義・主張・選択には、相手なりの「いまの感情」がこめられており、その感情をモロにうけとると、心の方向舵が影響をうける。

この場面では、ポジションチェンジが役に立つ。

相手の心的状況に自分がシンクロしないように心がける。



ニューロロジカルレベルの価値感について、もちろん個性があることは認めるが、

実はその幅(種類)はそう多くないことを感じている。

もしかしたら、「幸せになる」とかいうシンプルなキーワードが、人類万物のメタ価値感ではないかとすら感じてきている。

人は誰でも幸せになりたいのだ。



幸せになりたいという価値感をニューロロジカルレベルに置き、

そして、能力・行動・環境がぶら下がる。

下位に行けば行くほど、選択肢は多くなる。

選択肢の幅や質が「その人の個性」と言える。



今回の重要な「気づき」は、

信念や価値感がおそらく一緒でも、今回でいう主義・主張・選択は、個性によって全く異なるものだ。ということである。

その選択は、その人のこれまで歩んできた歴史や、学び、そしてその人自身を映し出す。それが考え抜いたものであればあるほど、今のその人自身を表している。

一つ確実にいえることは、それらの行動が本当に正しいか、正しくないか、などということは一番の問題ではなく、

ニューロロジカルレベルの一貫性を図るべく、「チャレンジする」ことが何よりも大切である。ということだ。



いまの気づきは、そのまま自分に当てはめられる。

果たして、自分のあらゆる選択は、常に正しいと言い切れるか?

答えは「NO」である。

しかし、自己の価値感に従って、考え抜いた「チャレンジ」には常に成功である。

行動することによってのみ得られる経験や体験によって、

初めて「学ぶ」ことができるのだ。

ここに「うけいれる」の真髄がある。



これらを考えることにより、

おそらく、どのようなことであっても、相手の行動を「うけいれる」ことが可能になる。そこには相手の「学び」が存在するからである。

そして、そのような状況に直面し、考えたり、悩んだり、自分に問いかけたりすること自体もまた、私にとっての「学び」となる。



目の前に起きることには、かならず肯定的な意味がある。



これは「プラス思考」などという単純な理解ではない。



このような考え方、物事のとらえかたができるようになると、

どんな場合でも、「うけいれる」ことが可能になる。

まず、前提として”You are OK”の状態を作ることが可能になる。

この前提を担保にして、

「但し、この行動は私とは違う」という主張が可能になる。

それを「建設的な対立」というのかもしれない。



このような前提を整えずに、いわば一方的に、その人の行動を受け入れるわけにはいかない。つまり、相手の前提を考えずに、自分だけの主張をしてはいけない。



相手に求めることは、そのまま自分に求めなければならないことである。

自分の主張をするならば、相手の主張をうけいれなければならない。

そこに共感のヒントがある。



こんなことを考えていると、考えがとまらなくなりそうなので、

ここらで終わりにする。

しかし、これほどまで「考える」ことができたということは、

それほど、価値のある体験だったということだろう。



ひたすらに、心から、機会に感謝したいと思う。