私はいつも八重洲地下街のある床屋に行く。

いわゆるトコヤであるが、サービスや店の雰囲気がよく、「いきつけ」になっている。

担当のS君も、最初に行ったときからの付き合い。

常に「指名」していた、お気に入り。

彼が居るので、通い続けていたのも事実。



彼は、私の来店を待ち。入り口で立って待っていた。

これまでに無いサービス。その時は何も思わなかったが、後で意味がわかることとなる。



本日席に座ると、S君は耳打ちをした。

「実は私3月でこの店を辞めるんです・・」

「実家(栃木)に戻って、親と一緒に店(床屋)をやります」

『なにっ』と私は思ったが、彼の表情に迷いはない。

『それは、おめでとう!決めたんだね!』と私。



私だけのことを考えれば、お気に入りがいなくなるのは残念至極。

でも、彼は自分の人生を自分で決めたのだ。



彼は続ける。

「今私は、この店(結構店舗数のあるチェーン店)では、いいポジションにあります」

「はっきり言って、このままで、食うに困ることはないでしょう」

「でも、それって駄目なんじゃないかなと思ったんです」

「そこで、悩んだんですけど、実家に戻って、ゼロからやってみようと決めたんです」



彼は、実家に戻ることによって、収入は半減以下になると見込んでいる。

実家(田舎)での商いは、想像以上に難しいことも予想しているようだ・・・



「でも、私はこの店で働けたことを感謝しています」

「この店で働いていなかったら、家に戻ろうとは思わなかったと思います」



ググっと来る言葉だ。



「こんな形で、ご贔屓にしていただいているお客さんと離れるのは申し訳ないんですけど・・」

『あなたの人生なんだから、あなたが決めたことが正解だよ!』:私

この程度の言葉しかかけられなかったが、今の彼に言葉は必要ないと感じた。

彼の目は、覚悟を決めた目で、どこにも迷いは無い。

すがすがしくも、晴れ晴れとした立ち姿。

いつもよりも、さらに気持ちが入ったサービスである。

そこにはお客さんへの感謝の気持ちがあったのだ。



話はそれだけでは終わらない。



その店のサービスの凄いところは、+1000円で15分間のマッサージをうけられるところだ。ひげを剃り、まったりしたところでの、15分間は快楽の境地。

私は、そのマッサージも「お抱え」を持っている。見習い中のA君である。

彼のマッサージは、他のスタッフとは一味違う。彼のマッサージを2時間延長した客も居るほどだという。しかしまだお客の髪は切っていない。



A君は、S君が非常にかわいがっている。私が行くと、かならずS君⇒A君のリレーとなる。



A君もまた、S君が店をやめる話をしていた。

店長からは、S君の抜けた穴を埋めるべく、そろそろお客を持つことを指示されており、いままさに練習しているとの話。



ひげをそり、15分間のマッサージを終えた頃、私は確信した。

S君にしてあげられることがあった!と。

私は最後に、「あなたの次はA君担当でお願いね」と伝えた。

S君はとても喜んでいた。A君ももちろん喜んでいた。

「実は、私の後は最上さんの担当をAにしていただきたいと思っていました!」とS君



言ってよかった。



今日は良い日だ。

人の気持ちに触れ、また少しだけ返すことができたからだ。



後はA君が、他の客で練習をつむことを祈るだけである。

まあ、1年も経てば立派になることだろう。



S君は3月一杯まで居るので、辞めるまであと2回は行こうと思う。