d402d620.JPG週末のビジネスセミナーでは、グループに分かれ「問題の本質」および「解決のための視点」を探るワークショップが行われた。

いわゆる問題解決を扱うセミナーであるが、「問題解決」というテーマに感性を持ち込み、問題解決以前の「心」や「認知」の段階からのアプローチと、アカデミア、そして、リアルなビジネス感覚を組み合わせた、挑戦的な内容だった。



20名の参加者の参加意識は想定以上に高く、

主催者側として圧倒されるような一面もあった。

週末、本来であればゆっくりしたいところ、自分に対する投資を惜しまずフル参加してくる、いわゆる兵集団である。どこかに一本真が入っている。また、個性も非常に豊かだった。



問題解決における「本質」および「視点」はどこにあるのだろう。

参加していただいた皆様の脳裏には、現在さまざまなものがあると思うが、

おそらく、「自分で能動的に解決する対象でなければ、問題とはいえない」という共通認識を持ち帰っていただけたのではないかと思う。



セミナー開始当初は、問題を問題として扱うことに集中し、いかに問題であるか、が争点となっていたが、さまざまなセッションを体験していくなかで、自分の頭の中にある「偏った地図」にきづき、また相手にも同様に「地図」があることを理解しはじめると、問題解決のための主体の軸が自分にあるということ発見する。



その発見は、問題と立ち向かうための覚悟を必要とする。

誰のものでもない、自分の問題として、いままで斜めから観ていた問題を、真正面からむきあうことを決意しなければならない。



そのあたりに、きづくと、人は表情が変わる。

誰かのためにではなく、自分のために問題と向き合わなければならないことを悟るかのような変化が、心の中に現出する。



それにより、想定できない障害が発生するかもしれない。

また、苦労や悩みなども更に増えるかもしれない。

しかし、むきあうことを決めた瞬間から、

それらの「トラブル」や「ストレス」は、自分にとっての「試練」に意味変化し、いいままはネガティブな存在であったものが、一転、自分を鍛えるためのテーマであるとか、学習するための機会と考えられるようになる。



つまり、

心の決定に従うことにより、全ての事柄が、自己学習に繋がるのだ。



全ては人の心がエンジンになっている。

ロジックは、心があってこそ起動するものであり、

ロジックで全てが解決するならば、問題解決はコンピュータに依存すればよいという話になる。



問題を扱うのも人。

問題の対象となるのも人。



人間ほど不確実なものはない、

これは、波があるという解釈もできるが、

「成長し変化」する生き物だから。と解釈することもできる。



つまり、「成長し変化」することを、感覚としてとらえながら、

自分や他者を捉えなければ、問題と本当に向き合うことはできないのだ。

そこには、体感覚が必要となる。



そのために、自分を磨く必要がある。

常に自分の心を鍛えておく必要がある。



そんな「気づき」を、週末の2日間は与えてくれたのだと、

いま一息つきながら、考えている。

誰よりも自分が勉強になったと、自負している。

次回も楽しみ。