横綱朝青龍の会見を観た。



意外と余裕?はらを決めてきた?
ときより見せる笑みが不気味。
といっても、ふてぶてしさがあるわけではないが・・・



注目していたのは、彼が何に注目しているか。だった。

『横綱として、優勝めざしてがんばりたい』



その言葉が答えのようである。
横綱(=いまの立場)として、必要なこと(自己の目的や目指したい価値)は優勝すること。
これが彼の素直な気持ちであろう。



それはそれでよい。
でも、国技としてみている国民や、相撲ファンはどう思うだろうか?
少なくとも、横綱は、国技としての最上位に居る存在である。
その存在目的が、優勝すること。だけでは、何かものたりない。

脈々と引き継がれてきた相撲の歴史、そして、横綱の品格は、はたして優勝することであろうか?
もちろん、横綱として必要なこと、については理解しており、それは果たすことを決意しているだろうが、表現として外に表出されてこないのは、少し残念。

というか、自分のこと(自己実現)がまず第一にあり、
その実現が、周囲の期待や、横綱の品格、という理念的なものとマッチしていないことは明白であった。
考えれば、これまでの彼の言動は、「そのまま」であり、
見方を変えれば、一貫性があるとすら理解できる。

では、なぜこうなったのか?

横綱審議委員会が、彼の謝罪に対して申しつけた数多い文言が、
それを如実に物語る。
その位、言っていなかったし、伝わっていなかった。ことがありありと分かる。

ストレートに物を言う内達委員の繰り返される言葉が印象的。
「親方とコミュニケーションをとって!」
横審は物申す機関ではあるが、監督責任はない。
実質の監督責任は親方にあるのだ。
親方がああだと、このようになる。という仕組みだろう。



この無責任な仕組み。
果たして横綱だけの責任か?と思いたくもなる。