ウルトラマンが、ウルトラマンらしくあるためには、
怪獣が次々と地球に降り立ってきて、東京タワーやビルを壊してくれる必要がある。
怪獣がやってこないと、この話は単に「地球を防衛する人たちの平和な日常」になってしまう。



仮面ライダーが、仮面ライダーらしくあるためには、
倒しても倒してもショッカーが立ち上がり、妖怪のような敵が人を不安にさせたり、
何かを取り上げたりする必要がある。
ショッカーがいないと、「変身することができるけどしてない人の話」になってしまう。



水戸黄門が、水戸黄門であるためには、
越後屋のような悪巧みをする人間が、黄門様ご一行の先々で事件を引き起こしてくれる必要がある。
悪党たる越後屋がいないと、この話は「水戸黄門ご一行ゆかいな旅物語」になってしまう。



善は悪があってこそ、その存在意義を発揮する。
光は影があるからこそ、その存在を確認できる。
もしかしたら、幸せとは、不幸が背反して存在することにより実感できるのかもしれない。



「コントラスト」は、人の心を移す鏡である。
いや、世の中の理(ことわり)を表す、重要なメタファーなのかもしれない。



善が善であるために、悪の存在をむしろ肯定している。
光が光であるために、影の存在をむしろ肯定している。



そんな神妙な気づきを感じないわけにはいかない、重大な出来事が今日あった。