「今回の6者協議は、いわば分水嶺にある」

外務省佐々江アジア大洋州局長は、北朝鮮の核廃棄を目的とした6カ国協議の状況についてコメントをした。



昨晩のニュースインタビューでこのコメントを観たが、

「分水嶺?」

分け目、ターニングポイント、という意味だろうが、正確な意味はわからない。



電子辞書で調べてみた。

分水嶺とは、分水界となっている山脈。分水山脈 【広辞苑第3版】



よくわからない



分水界とは、2つ以上の河川の流れを分ける境界。分水線。【広辞苑第3版】



分け目であることは間違いないようだ。

WEBで調べてみる。

分水界、分水線、分水境界などという。雨水が異なる方向に流れる境界のことであり、水系と水系の境界を指す。(水系とは集水域に流れる川の系統をいう)

至る所に分水界は存在するが、特に山岳地帯では山稜が境界になるので分水嶺という。



なるほど。岐路であり、ぶつかるところ。という意味だろう。

単にターニングポイントというより、衝撃や衝突を伴って、判断を迫られる場面、境遇という解釈をしてみた。



ちなみに、六カ国協議については、進展結果は関心あるものの、そのプロセスには正直あまり興味はなく、この分水嶺というキーワードにはかなり「ひっかかった」。



人は、しばしば分水嶺というべき岐路に立つ。

自分自身も、考えてみれば、いくつかの分水嶺に立ち、その時々で判断をしてきた。

そして、今まさに分水嶺に立つ極めて近しい人も観ている。



分水嶺に立つことは、大きな壁にぶつかるのと同じことである。

大きな壁にぶちあたり、さてこれからどうしようかと思案する。

たいていは痛みを伴うような状況にある。つらい判断を迫られる瞬間。



そういうときの選択肢は大抵こんな感じ。

片方は、大抵甘い誘いが漂う。

そして、もう片方は、厳しくも苦しい選択。



追い込まれたときとは、大抵誰かに助けを求めたくなる時だ。

そういうタイミングを、神様は冷静に見ていて、

こいつはこのときにどちらを選ぶのか、をじっと観察している。



そんな分水嶺において、何を基準に判断するのか、

それは自分の「価値観」でしかない。



安直で楽な選択をするのか、厳しいが信念をもった選択をするのか。



銭金の問題ではない。

お前はいかに生きるのか?という究極の問いに対して、

「心の方向舵」にしたがって、答えを出す。



分水嶺に立ち、真に自分に正直に答えを出すことができたとき、

そのからの流れは、必ず「本流」になる。

たとえ厳しい結果が待っていても、正解なのだ。

これがもしかしたら、「受け入れる」という正体なのかもしれない。