096186de.JPG冬きたりなば春遠からじ。

苦しい時が過ぎれば、かならずその先には明るい状態がやってくること。



我が家の花壇に、チューリップが芽吹いてきた。

青々とした、生命力のある色。力強さを感じる。



こういった、越冬系の植物は、冬に雪を被ることによって、強く美しい花をつけるといいます。いわゆる「雪越え」。

今年はあいにく雪が積もることはなかったが、それに匹敵するような冷えはこの若芽達は経験したことと予想される。



「雪越え」



わざわざ、雪に埋もれることはないだろう、と思ってしまうが、

彼ら(若芽)達にとっては、必要な体験である。

後に美しく生まれ変わるためには、必要不可欠な「時期」なのだ。



こんな自然の摂理はそのまま人にもあてはまる。



逆境に陥ったとき、苦労を意識しているとき、追い込まれているとき、

人は無意識に、そこから逃れようとするし、

また、なぜ私だけ、こんなことになるのか?と、その状況を不幸に感じてしまう。



しかし、そんなときにどう考えるか、感じるか、で、

将来の自分の姿が変わってくる。

問題から逃げたり、他人のせいにしてしまうと、

「雪越え」はできず、根は腐ってしまう。

青く生命力のある芽を出すことはできず、ましてや美しく花弁をつけることは到底無理な話。



弱い心が支配すると、つい将来の自分の美しい花をつけた姿をイメージしてしまう。

しかし、それは虚像でしかない。

弱い心に負けて、現実逃避しているに過ぎないのだ。



苦しいとき、逃げ出したいとき、

そういうときこそ、自分の心に問い合わせが必要である。

信頼できるパートナーと、会話が必要である。

それこそが、自分を知ること、であり、

それこそが、うけいれること、である。



事実に背を向けることなく、素直に、真正面から、その意味を考えること、感じること。



本日の快晴は、そういう気づきに対してのご褒美のような気がしてならない。