先日、ある人と「真摯に」マネジメントに務めることは、損なのか?という話題になった。

 

ここでいう「真摯に」とは

自分に正直に、たとえそれが組織命令であったとしても、納得できないものはできないと意見し意見具申する。という、ある人(話しをした方)のふるまい(姿勢・気概)を差している。

 

一般的に、そのような「真摯さ」を持ったマネジメントは、組織側からは嫌われ、

仲間からは「不器用」と揶揄されることが多いものだ。

 

そのような、一般的な見方について彼に(反論を期待して)意見を聞くと、

 

「不器用」と言う人もいるかもしれないが、それは所詮『他者の評価』。

自分で納得できることを行うのが、『自分の生き方』。

 

と、語っていた。

 

「真摯であること」とはこのようなことだなと感じた。

つまり

 

『他者の評価』に迎合することなく、『自分の生き方』を貫こうとする姿勢。

 

彼には失礼なことを聞いてしまったかもしれない。

しかし、私の頭の中には

 

マネジメントの「真摯さ」とは何か?

 

という問いが、いま一杯に充満しており、そのことを彼に聞かずにはいれなかった。

 

彼は組織側(直属の本部長クラス)からは、言うことを聞かないマネージャーと思われているかもしれないが、部下の方からは万全なる信頼を得ている。

彼は、そのことをよくわかっているし、部下からの信頼を得る為に、上位具申することが大事であると考えていた。

 

ドラッカーは、『マネジメントは、人間の本質が現れる』と言っている。

まさに、彼は、自分の生き方をマネジメントのふるまいとして表現している。

 

マネジメントは管理することではない。

マネジメントは『自分の生き方』なのだと。

 

彼との話の数日後。あらためて考えた。