原発の経過が気になる。

各メディアで、刻一刻と変化する原発の情報を扱っているが

「大元は誰からどのように発せられた情報で、いまどのように伝えているか」

について正しく判断する必要がある。

 

典型的な例が昨日あった

東京電力の発表に対し、報道が「メルトダウンの可能性はあるか?」と問い詰めると

現状の状態を鑑みると「可能性がないことを否定することはできない」と返した。

 

その後の実際の報道の状況を見ると

「メルトダウンの可能性を示唆」とテロップが流れる。

 

そこだけを見ていると

あたかも「メルトダウン」の可能性があるようにうけとってしまうが

 

記者会見の状況にさかのぼると

可能性があるのか、ないのか、について

答える側としては

ゼロというわけにはいかず

可能性が否定できない。

という表現になっている。

 

外側の建物が爆発している現状をみて、可能性はゼロです。

と言い切ることができないため(これがたぶん正解)

そう言っていることに対して

 

伝える側として、言葉じりだけを伝えてしまうと

「可能性は否定できない」と言っている

ということになってしまう。

 

このような見解も、私の主観(ものの見方)であることは否めないのだが。

 

それらの報道を見た視聴者が、「メルトダウンの可能性が否定できない」

という表現に対して、各自の意味づけを行い

やがては「メルトダウン」が起きそうだ。

チェルノブイリの再現だ!

という解釈になってしまうという状況が、いま世間には存在する。

 

どんな情報が正しくて、正しくないか。

その情報には、誰かの解釈が入っていないか。

 

情報が錯綜するいまだからこそ、情報に対して、冷静な見方をする必要がある。

 

その情報を、自分がどのようにみたいか。(解釈したいか)によって

その情報の意味は、全く変わってくる。

 

こういう時だからこそ

情報を正しく受け取る必要がある。

 

それは、伝える側、受け取る側、全ての人の責任だと思う。