易経(易)の書籍を最近読んでいる。



対待(ツイタイ)する関係とは、陰と陽、男と女、理性と感性、といったように、
相反する関係が、実は相互に引き合っている。相互に存在を確かなものにしている。
という関係である。



この2つの関係は、言葉を変えれば「二律背反」になるのだが、
それぞれの側が、全く正反対の性格を持っているのではなく、
実は、相対する側の性格を持ち備えており、むしろ歓迎しているかもしれないことを表現しているという。



そして、相対する側があることによって、自らの存在を示し、明らかにすることができる。



正義と悪。
過去と未来。
そして、私とあなた。



自分とは性格の異なる、相手の存在によって、私が明確になる。
そして、
実は自分と異なると感じている相手が、実は私自身を投影しているとしたら!



対待とは、相対して相待つ。の略。

なんだか実に奥深い世界だなぁ。