昨晩、「芸能人格付けチェック」を見た。

“一流”の芸能人たちがチームを組み、「ワイン」「音感」「味覚」「華」「演出」など各ジャンルの“超一流品”の鑑定に挑戦するという番組。



Gacktが出演しており、彼がどんな成績を残すのかがとても興味があった。



この番組を見ていて気づいたこと。



モノの本質を見る・感じ取るためには、あれこれとロジカルに分析するより先に、
自分の感性に従って、まず「いいか、悪いか」を感じ取ること。



鑑定をはずしている芸能人は、細かいことに囚われ、
また、「どんな評価の言葉を出すか」を考えているので、素直に回答を導けない。
一流でありたいという見栄が、感性をしまい込み、ロジックに走らせる。

「華」のときなんか典型的。
華道家・假屋崎省吾が生けた花と、高校時代に週1回、華道の授業があったという大林素子が生けた花を見比べる。
素直に見れば、一発でわかる。あきらかに違う。

しかし、あれこれ理由を考えている者は見誤る。
評価の基準がロジックになっており、無理やりむすびつけているものが多い。



「演出チェック」では、「貴族の夫婦喧嘩」をテーマにした映像作品の見極め。
日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞したある有名映画監督が演出した映像と、年間100本の映画を見るという髭男爵・ひぐち君が演出した映像を見比べる。
これも、見ればすぐわかる。理屈と言うより、どちらが気持ちよいか。という感じ。



見誤る人は、ある一部に囚われる。
全体が見えず、ある1点に固執する。
その結果、どうみてもおかしい部分まで、素晴らしいと評価をする結果に。
おそるべき思い込みの世界。



ほとんどのものは、見たまま、聞こえたまま、感じたままで、モノの本質を感じることができる。
しかし、事前の情報による「思い込み」が、その評価を決定している可能性が高い。



目隠しして、100万の最高級ワインと5000円のテーブルワインを飲み比べると、
5000円の方が飲みやすくておいしいと感じる。
しかし、
100万の最高級ワインと事前に聞いていれば、
たとえ飲みなれない飲み口でも、素晴らしい味と評価して(考えて)しまうことだろう。



目隠しして100グラム600円のオージービーフと100グラム5000円神戸牛を食べ比べると、
100グラム5000円神戸牛は、油臭いと感じ、オージービーフの方がうまいと感じる。
事前に100グラム5000円の神戸牛と聞けば、
とろける触感に驚き、「究極の肉!」と騒ぐだろう。



我々は事前の情報に惑わされる。
その情報が思い込みとなり、本来あるはずの感覚を鈍らせる。
素直にモノに向かう精神状態とモノを見る前提が必要である。



あらゆる芸能人が、自らの感覚に疑いを持つ結果となっていたが、
注目のGacktは、的確に選択していたことがとても印象的だった。

そして評価の言葉として
「理由なしに、(よい方)これ以外ない」と言い切っているのが凄いと思った。
鋭い感覚と、自分の感覚への自信や信頼を強く感じた。



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