9/4の朝日新聞、天声人語に「わが意を得たり」と言える記述があった



衆議院選の惨敗に対して、憤りをあらわにし
”ぶらさがり”記者に対して
露骨な苛立ちをぶつける首相に対して



『党の負った深い傷に、総裁自ら塩をすり込んでいるようなものだ』 と評した上で



『鏡に映った姿が不満だからと、鏡を責めても仕方がない。自民を惨敗させた民意は、党の現状を映した鏡である。おのが姿を正していくしか再生への道はないのに、外に向けて腹を立てても仕方が無い』



と喝破されていた。



(念のため)私にとって自民が、首相が、というところは関心の中心ではない。



問題が起きたときにおきていること(鏡に映し出されていること)に対して、周囲や自分にとって望ましくない経過(つまり鏡)を否定しても何も変わらない。



それを見ている人(他者)にとっては、滑稽にすら映る。



映し出されたことを、自分が引き起こしたこと、自分の選択の結果であると思わない限り、問題はいつまで経っても問題のままであり、解決に向かうことはできない。



鏡は正直であり、鏡に対して素直に向き合う必要がある。



鏡を磨く努力が何よりも大切。