昼にみのさんの番組をみていて拾った話題。



いわずと知れた寺尾聰の名曲。
昨年末、26年ぶりに紅白歌合戦に出場し、ルビーの指輪を披露した。



この曲が大ヒットしたのは、はるか26年前だそうな。
四半世紀前。リアルにヒット時を知る者として、時代の流れを感じざるを得ない。。。



この曲が発売されるときには、石原プロの人間は、
「こんなお経みたいな曲が売れるわけがない」と吹聴されたというが、
かの石原裕次郎が、「まあ、出してみれば?」と言ったおかげで、大ヒットに繋がったという。



寺尾聰は、この歌手としての大成功を実は諸手を挙げて喜んでいなかったという。
そのヒットのおかげで、彼は「寺尾聰」ではなく、「ルビーの指輪」になってしまったのだ。
彼がなりたかったのは、歌手ではなく俳優だったのに。



その後、石原プロとの確執もあったというが、歌手活動をやめ、
同時に「ルビーの指輪」も封印したという。

そこから、俳優道に1から「やりなおし」をする決意をしたという。
アクション俳優ではなく、本来やりたかった人間性を表現するような作品に出演するようになる。



その後、黒澤明監督と出会い、
「乱」「夢」「まあだだよ」などの各種作品に出演、そして「雨上がる」でアカデミー賞を受賞したという。

そして、四半世紀の歳月を経て、歌手活動を再開する。
そしてルビーの指輪の封印も解く。

いまにて思えば、
ルビーの指輪のおかげで、俳優として生き続けることができた(そのきっかけをもらうことができた)と彼は話す。

つまり、本来やるべきことは何かを見出させるために、あの曲はあったのだと、今にして思えるようになったというのである。



人生何がおきるかわからない。
一つの転機が、実は他の方向性を示すことがある。
その時に、正しく判断できるか?転機に踊らされることなく、欲に踊らされることなく、
自分をみつめることができるか?
自分が進むべき道を、選択することができるか?
好機であると感じられる時こそ、感覚を研ぎ澄ませなければならない。