昨日、「オーラの泉」に東国原英夫が出演した。
宮崎県知事としての姿をいまや知らぬものはいないが、
これまでの激動の経過を垣間見ることができた。



東はものごころついた時から、政治家か芸能人になりたかったという話はとても興味深い。



フライデー事件は、ビートたけしの一番弟子として避けることのできないものだったらしい。
本人はあまり実は乗り気ではなかったという話が面白い。
しかし、その後の謹慎は、東自身、芸能生命を経たれるかもしれないほど過酷なものだったという。



しかし、その間に、東は執筆活動を開始。
そこで書いた小説『ビートたけし殺人事件』が1987年(今から20年前)ベストセラーになり、
それが翌年テレビ化され、
そこで「かとうかずこ」がヒロイン役として出演し、結婚するきっかけになったという。

そしてイメクラ事件。
詳細はよくわからないが、ことの顛末としては謹慎に値する結果だったということは間違いないだろう。
そこでの謹慎期間、
芸能活動を完全に休業し、何もやることがない。
東は、じっくり自分を考える時間があった。



そこでテレビを見ながら、
「そのまんま東」がいなくても、テレビの中で、すべてが回っていく状況を感じ取ったという。
いままで、自分がいた番組に自分がいない。
でも、テレビ番組としては成立し、
東がいないことはなんら影響がない。
そんな現実の世界を直視したのだろう。



そして、
自分の価値観や、存在の理由を考えた。
私は何のために生まれてきたのか?
何をする必要があるのか?



そのとき、東はそうやく自分の足元が見えたのだろう。



そこから、早稲田大学に進学を決め、
地方自治をテーマに卒論を書き、そこから今に至っている。



番組では、
人がかならず一定期間で経験する「静の時間」をいかにすごすか?
を解説していた。

私も経験があるが、人は常に一定ではない。
静もあれば、動もある。

静の時期は、精神的にもつらく、逃げ出したくなるような時期であるが、
そのようなときに、しっかりと足元をみつめ、
将来必ず来るであろう、動の時期にむけて、種まきをするような心構えと実践が必要である。



東にしてみれば、
つらい謹慎期間に、自分をみつめることによって、
自分のあるべき姿を見出し、
花を咲かせることができた。

その成果として、
一過性に終わらない、いまの知事としての輝きがある。
単なるタレント議員とは、ちょっと違う経過が、東にはある。