昨日、起業時からお世話になっている方と久々に会い、会食した。

銀座のホルモン焼きの店。
岩石で挟んで仕上げるという、個性的な調理法が特徴的。
味もおいしく、そして、なにより楽しめる。



その方は、以前一緒に行ったことを覚えていてくれて、
ぜひそこで食事しましょうということになった。



昨日は、この機会にぜひ紹介したいということで、
その方のご同僚の方と知り合うことができた。



お二人は、ある短大でのキャリア支援(就職のサポートとか)を行っている。

ご同僚は、とても誠実で、いまの仕事に使命感を持って取り組んでいる方。
華麗な前職もあるが、いまの職について16年経っている。



私が、
「16年もやっていると、同じことを繰り返しているという感覚にはなりませんか?」
と聞くと、
「毎回、毎年、とても新鮮で、同じことをやっている感じはありません」
とおっしゃっていた。



これは大変失礼な質問だったかもしれない。

続けて、
「結局、相手は一人ひとりの"人"ですから、同じということはないんです」



それはその通りだな、と思いながら、
いま自分がやっていることも、全く同じだなと感じた。

同じ研修を、同じ組織で別の対象層にやったとしても、毎回違うのだ。
前に座っている人達(受講生)は、一人ひとり異なるから。



そして、同じことをやっているように見えて、
その場その場で、一人ひとり、全体のかもし出す雰囲気に合わせて、
調整をしながら進めていく。



その方のお話にすごく共感できた。



「これから社会人になろうとしている、学生達にに夢とか希望を持たせたいんです」
「いまの学生達にはそれがあまりにも少ない」
「あるのだけど気づいていないことがとても、もったいないと感じるのです!」



などなど、そんな情熱に満ちた言葉を聞く中で、
「それほどまで、思われている学生さんたちは本当に幸せですね」
とお伝えした。まじめにそう感じたからだ。



聞けば、卒業・就職してからも、
そのキャリアセンターには、あとから顔を出して「近況報告」におとづれる人が沢山いるという。その数も、年間100名を超えるとか。
ちなみに、就職内定率が、他と比較して飛びぬけて高い(限りなく100%)という話も聞いた。



そこは単なる就職課ではない。



単なる仕事としてやっていることには見えない。



そこにはプロフェッショナリズムがあると感じた。
自分の信念に基づき、行動を実現させている。

わざわざ起業しなくても、やりたいことはできるのだ。
全ては自分の意思次第。



そういう人には、不思議なことに、周辺の環境もそれを支援するようについてくる。
ある意味、思い通りに行動できる環境を自らつくりながら、周囲もそれにあわせて変化してくるような状態がそこにある。



うまくいっていない人は、周辺の状況のせいにする。
自分のことを差し置いて、周囲を否定することで、自分を正当化する。



これがプロフェッショナルと呼ばれる人と、普通の人との違いかな。



そんなことを感じつつ、
本日の出会いに感謝しながら、おいしい食事とお酒をいただいた。