高橋尚子選手の失速話が、昨日からTVをにぎわせている。



あれほどまでに、練習(努力)したはずなのに、
なぜ目標達成できないのか?



今朝の番組では、
練習のしすぎで、筋肉はついたが脂肪がなくなり、持久力を低下させたと医学博士が語っていた。



たしかに「やせすぎ」なのかもしれない。



でも、原因は「やせすぎ」なのではなく、
それを引き起こしたもっと深層の原因がある。
それは、
「ひとりよがり」である。



シドニーオリンピックでの金メダルを獲ったときは、小出監督という指導者の元で、
全般的なコントロールをうけていた。
それは、肉体・戦術・精神・栄養・生活などすべてだったと聞く、
しかし、金メダル以後、高橋はそれを拒み、
自らの判断で進むことを決める。



そこに過信があったのだろう。



人は自分のことは自分でわからないものである。

一時の成功に酔いしれ、その成功が自分だけの成果であるような錯覚に陥り、
他者の声が聞こえなくなる、
他者の声を聞きたくなくなる。
その結果、孤立を生み、目標達成はおろか、自分を落とす結果になる。
そんなメタファーが、今回の出来事から読み取れる。



本人は否定するかもしれないが、
自分の中に充満している「驕り」や不必要なレベルの「過信」が、
自らの判断能力を狂わせ、自らを陥れる。



ゆえに、パートナーやメンター、
そして、コーチの存在は重要である。

自分にはない、第三者の目として、自分を支えてくれる厳しい目の存在。
表面的には、わずらわしく、厄介な存在に感じることもあるかもしれないが、
なぜ、その人が言ってくれるのか?という根本的な理由に気づかなければならない。



日本には、ほめごろし。という言葉がある。
いろいろな辞書で調べたが、英語でそのままの表現はない。



その人に落ち度や、改善すべき事柄があったとして、
それを放置することほど、その人にとってマイナスなことはない。
それを指摘されなければ、その人は一生気づかず、そのままでいるかもしれないからだ。
そればかりか、
自分を見失い、さまようことにもなりえる。
まさに「ほめごろし」なのだ。



先の小出氏は、
「(Qちゃんは)ステーキでもがっちり食わせて、練習すればすぐ良くなる」と豪語する。

他者から見れば簡単なことだが、えてして自分だけではどうにもならないことがある。
それを決定しているのは自分自身なのだ。